吉野葛の歴史

食用とされるまでの歴史

 澱粉の精製法がなかった時代、人々は根をしがんで澱粉を食していたものと考えられています。いまでも韓国などでその風習が残っているそうですが、とてもにおいが強く、食べ物と呼ぶにはふさわしくないようです。
 かつて青森県では、[根餅]という、葛根を乾燥させて石臼でひき、小麦粉を混ぜて団子にし、蒸すか、茹でて砂糖か醤油につけて食べる方法が残っていたようです。寒冷地である青森地方はしばしば飢饉にみまわれており、このような時代、根餅は一種の救荒食として利用されていたと考えられます。「クズ」の根をつぶし、水を張った桶の中で澱粉をもみだして沈殿させ、水を入れ替えながらアクを取り除く技術(水晒し法)があみだされた後、水晒しすればそのままでは食べられなかったものや、たとえ有害物質を含む根茎類であっても、食べられることがわかり、人々は飢饉から逃れられるようになったと考えられます。また、このような植物は栽培化が試みられるようになり、農耕の着想が生まれた可能性があります。
  水晒し技術では、一度にたくさんの原料を処理することができるため、工業的な要素を含んでおり、近代の食品産業の基礎技術となっています。




美しい葛菓子のルーツは点心でした

 古くは万葉の歌にも詠まれ、日本人にとっては馴染み深い葛ですが、和菓子の世界に登場するのは鎌倉・室町時代以降のことです。中国に留学した禅僧が日本に点心(食事と食事の間の小食)を伝えた際、本葛粉がその材料の一つとして使われ、葛まんじゅうや葛きりの原形が作られたということです。
 当時、「水繊」の文字があてられていた葛きりの原形が、黄色と白の短冊状につくられ水仙の花にみたてられたところから、やがて「水仙」の文字があてられるようになりました。そして、葛きりは「水仙羹」、葛まんじゅうは「水仙まんじゅう」、葛ちまきは「水仙ちまき」と呼ばれるようになりました。語感が美しいこの呼び名は、今なお料亭の品書きなどに見ることができます。




「風邪ひきには葛湯」のわけ

 子どもの頃、風邪をひいたり、お腹をこわした時に、あったかい葛湯を飲んだ思い出がある人は多いのではないでしょうか。
 なぜ「風邪ひきには葛湯」なのでしょうか。これにはちゃんとした理由があるのです。もともと、葛根は漢方処方に配剤されるように薬効成分を含みます。本葛粉にもイソフラボン誘導体であるダイゼイン、ダイズイン、プェラリンなどが微量成分として含まれていて、葛湯を飲むと身体が温まり、気分を落ち着かせてくれるのです。少し前までは、ちょっとした身体の不調は薬に頼らず、葛湯のような、いわゆる生活の知恵を活用して癒したものでした。
 また、イソフラボンは血中のコレステロールを低下させ、体内カルシウムのコントロールを助けることから、骨粗鬆症や更年期障害などの予防に良いとされています。この微量成分は他のイモ類のでんぷんには含まれていません。本葛粉特有のものなのです。昔から病人や子どもの滋養食として重宝されていたのも納得できます。




本葛粉は葛根から生まれたマイ・フェア・レディー

 雪やダイヤに例えられる美しい本葛粉ですが、この姿になるまでには、多くの時間と職人の技が必要です。まず、葛(マメ科のつる性植物)の巨大な根を人力で掘り出し、機械で粉砕し、繊維の中にたっぷり含まれているでんぷんを水中でもみだします。その懸濁液をこして沈殿させた褐色の「粗葛」を、さらし(懸濁・沈殿・上澄除去)作業を繰りかえして精製します。そして、何ヵ月も自然乾燥させ、やっと純白の本葛粉が誕生します。
 「寒ざらし」という言葉があるように、葛を精製するには冬の冷たい水と寒気が欠かせません。吉野はその自然環境によく合い、古くから良質の本葛粉を生産する土地として知られてきました。この地でできる本葛粉は「吉野葛」と呼ばれ、混じりけのない純粋のものだけが「本葛」と表示されます。本葛粉を使った料理や菓子の特徴は、口あたりがなめらかで、上品な透明感とつやがあることです。また、一度ついたとろみや弾力は時間がたっても失われることがありません。




離乳食のキーワードは鉄分とカルシウム

 離乳食を与える大きな目的は、栄養補給です。特に鉄分補給が大事です。生後6ヵ月くらいまでは脾臓に蓄積された鉄分があるので大丈夫ですが、それ以降は食事によって補給しなくてはいけません。鉄分は母乳にも粉ミルクにもほとんど含まれていないからです。離乳食は生後5ヵ月から始めるのが適当で、アレルギーの比較的少ない穀類などを裏ごしして流動食からスタートします。本葛粉は澱粉なので主食にすることができ、片栗粉と比較すると鉄分が3倍以上もあるので、離乳食として最適です。
 また、葛にはリンが少ないこと、カルシウムが多いことも、離乳食として大きなメリットです。リンはからだに必要な栄養素ですが、血液中に入るとカルシウムと結合して、カルシウムの吸収を阻害します。カルシウムは骨や歯をつくる上で、赤ちゃんや子どもには特になくてはならない栄養素なのです。本葛粉を片栗粉と比較するとリンの含有量は1/5程度、カルシウムは約2倍です。




「吉野仕立て」でおいしい介護食

 噛む力や飲み下す力が低下している高齢者や障害者に食事を作るときには、まず、飲み込みやすい(噛み切りやすい)ように食べ物を細かくし、だし汁を加えたり、とろみをつけてさらに食べやすく調理します。とろみづけには色々使われていますが、離乳食と同様、葛でとろみをつけた「吉野仕立て」の介護食は、風味もよくおすすめです。
 魚や野菜を細かくして、少し固めの葛湯(200gの水に対して20gの本葛粉の分量)を合わせとろみをつけましょう。卵焼きや、鶏肉(骨と皮と取って)、ほうれん草の胡麻和えにも応用できます。味噌汁や吸い物、水も高齢者には意外に飲みにくいものです。しかし、葛でとろみをつけると飲みやすくなります。




葛は簡単につくれるスローフード

 離乳食や介護食に大活躍する葛湯は、とても簡単につくることができます。本葛粉を同量の水で溶かし、水を加えて完全に火を通し、透明になったら出来上がりです。温度が下がっても粘度は下がらないので、多めにつくって広口瓶に入れておくと、必要な時にすぐ利用できて便利です。
 本葛粉は日本のスローフードを代表する食材です。いつもキッチンに本葛粉があれば、さまざまな世代の食のライフスタイルを越えて、こころを休める飲み物を、美しい葛菓子を、いつでもつくることができます。キッチンからスローライフを始めてはいかがですか?